取材・旅

織姫に会う旅 明石堂

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今回の旅のキーパーソン、小千谷織物同業協同組合 小河さんと。
傍らにあるのは、小千谷で実験的に栽培された青苧。

旅の終わりは、「明石堂」へ。
小千谷縮の始祖と言われる堀次郎将俊の業績を讃え、
縮関係者たちが建立し、保存している建物だ。
地元では堀その人自身とこのお堂を「明石様」と呼ぶ。
これは、堀氏がもともと明石藩の武士で、浪人となり、この地に移り住んだ為だ。

建物全体に凄い彫刻がほどこされている。
越後のミケランジェロと言われる石川雲蝶の手によるものかもしれないが、記録には残っていない。
1848年築、約250年の歴史がある。
中越地震の被害にあったが、小河さん達が修理をしてきた。すぐそばには、堀次郎将俊と妻お満の墓も立つ(降り積もった雪で全く見えなかったが)。
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以前70数団体が加盟していた小千谷織物同業協同組合も現在は25団体ほど。この建物を維持していくのも大変だ。しかし、お年寄りの中には、「幼い頃、よく明石様の辺りで遊んだ」と言う方もいて、
馴染み深く感じている方も多い。組合は隣接する土地を買い取り、周辺環境にも配慮している。
このように管理は組合が行っているが、持ち物としては、向かいに建つ「極楽寺」のもの。
地元に開かれたお寺で、フリーマーケットやライブなども行っているとか。
「このお寺のご本堂で『織姫』の公演が出来たら、きっと地元の方も来てくれるし、明石様も見守ってくれる」と、盛り上がった。

明石次郎は、実在したかどうか謎の多い人物でもあると言う。
しかし、それが又ロマンだ。
小千谷縮は、盛夏という限られた時の実用的な究極の粋。
それを守り、伝える人たちの情熱は、静かで、淡々とした底力がある。
その一端を誠心誠意見せて頂いた。これを掛け替えのない糧にして、語りに生かす。
小千谷のエネルギーと我々の表現がスパークして、何かを生み出すこともあり得るかもしれないと
大きな野望も胸に湧いた。
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~ Comment ~

青苧 

青苧=上杉謙信、という自分は勉強不足ですね(^^ゞ
堀次郎将俊という人物は、初めて聞きました。

失礼しました。

Re: 青苧 

コメント、有難うございます。
明石次郎は、謎の多い人物だそうですから。
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