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「本を読むのも仕事」 の至福

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かたりとの今年の活動も、流れが見えてきた。
と、他の芸人さんたちに比べたら、
なんと ゆったりした流れだといわれてしまいそうですね。
でも、私たちは焦りませーん。

2月に、かたりと総出演予定の催しがあり、
そして、翌3月にはHPが新しくオープンします。
今年は、うさぎ年。飛躍の年にしたいもの!!(西瓜堂さんにあやかって…笑)
諸説あるようですけれど、桃のお節句 3月3日は、
「ウサギの日」でもあるそうです。
その日のオープンを目標に、現在、準備が着々と進んでいます。
嬉しいご縁で巡り合えたデザイナーさんが、
とっても素敵に創ってくれているんですよ。
どうぞ、お楽しみに~。私たちも、わくわくです。

そして、現在、私はと言えば、黙々と読書の日々。
「七夕」に関する物語を読んでいます。

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現在の暦では7月7日は梅雨の時季に当たっていて、
星の見えない日が多いですが、
旧暦7月7日は、今の8月初旬~中旬で、
天候の良い時季になます。

笹竹の先に色とりどりの吹き流しや、
願い事を書いた短冊を結びつけた七夕飾りは、昔も今もである。
中には、筆、瓢箪や杯、西瓜にほうずき、
大福帳まで吊るしたものもある…なんて、書いてある。


そして、この七夕の日は、皆で素麺を食べたそうです。
五色の素麺を短冊に見立てて。

お話の中から沢山の「へぇ~」が感じられて、非常に面白い。

「乞巧奠」きこうでんって言葉、ご存知ですか?
「乞巧奠」は、女性の技芸が上達するように織女星に願う日。
昔でいえば、裁縫はもちろん、その他の芸事も。
宮中では奈良の御世から行われていたそう。
それが七夕と結びついたのは、
棚機つ女(たなばたつひめ)からだろう。
棚機つ女は、神の衣を織り、棚屋で神の降臨を待って、
衣とわが身を捧げた(巫女だった)という。
因みに、「乞巧奠」の‘奠’の字は、供物を供える、
単に祀るという意味がある。

星空に願った翌日には、お供物を川に流した。
きれいに飾った笹竹は、
その夜のうちに川に流したという記述もある。

江戸時代になると、子どもたちの手習いの上達を祈る言葉を
短冊に書くようになった。

水を張った大きなたらいを用意し、星を映してみたりもした。
なんて風流で、ロマンチックなんだろう。

そして、ある物語の中には
「7月10日は浅草観音の四万六千日である」とあり、身近にも感じる。

「これだー」という一説に出会い、狂喜乱舞しそうになった。
日本橋は式部小路の染織工芸の店を営む女性が主人公が、
病身の義母の枕もとに小さな笹竹を持っていく。
神主を真似てシャッシャッと笹を振り、
“福は内、病気は外”と唱えて、義母を笑わせる。
短冊には、病気平癒、長寿…など、
義母を思いやることばかり書いてあった。
その義母の口癖はこうだ。
「貧乏はしても、貧相になるな。金は貯めるより使うもの。
        気持ちよく使えば、気持ちよく貧乏になれる」
―それが彼女の考える“いい人生”の哲学。

「よし、私もこれで行こう!!」と思った。
前から欲しかったビデオカメラや、デジタルテレビDVDも買おう。
もっと旅もしようぜ!!と思った。
何より、不況のご時世、
ひとりでも多くこの哲学に則って行動した方が、良いはずだ。

一晩たった…

江戸時代は、人生50年。
私もあと10年楽しく生きられればいいと言うわけですね。
平成は、皆もーっと生きる。
私もあと30年位、生きそうな気がしている。
持ってるものをどんどん新しくして、
微々たる蓄財がどんどん無くなっていくのは、如何なものか。

でも、やっぱり「貧乏はしても、貧相になるな」は、
首を縦に大きく振りたい。
よし、今年の座右の銘に加えよう。
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