fc2ブログ

語り草

語り草 其の十二 〈墓参 作家 山川方夫〉

 ←Facebook動画 『田端文士村』篇-桜桃忌  →Facebook動画 【さんくすへるん】
KIMG0238s.jpg
大田区萩中 妙覚寺

KIMG0236s.jpg
奥に隣接する保育園もしくは幼稚園から、子供たちの声が賑やか。

寺務所で山川家の墓を伺う。
KIMG0234s.jpg
KIMG0232s.jpg
KIMG0231s.jpg
眠る方々の戒名などは無く、裏には〈昭和六年八月建立〉とのみ刻まれる。
ふと後ろから声がする、「山川さんのお墓、綺麗にしておいて良かった」。
庭師さんであろう、初老の男性がほほ笑んだ。


【文学者掃苔録 より】
山川方夫 やまかわ・まさお(1930—1965)
本名=山川嘉巳(やまかわ・よしみ)
昭和5年2月25日—昭和40年2月20日 享年34

小説家。東京生。慶應義塾大学卒。
昭和29年田久保英夫らと第三次『三田文学』を創刊、新人発掘にも力を注ぐ。
(江藤淳、坂上弘、曾野綾子 等)
33年『演技の果て』で芥川賞候補。
その後も『その一年』『海の告発』『海岸公園』『愛のごとく』『クリスマスの贈物』などで
芥川賞、直木賞候補。
受賞は成らなかった。

江藤淳は
〈彼は、表面的にはきわめて社交的な男だったが、
その実いつもいまにも爆発しそうなさまざまな苦しみをかかえて、懸命に生きていた。
その孤独な、孤立無援な耐え方が私は好きだった〉と述懐する。

昭和40年2月19日午後、
徹夜で書き上げた原稿を鉄道便で『婦人公論』編集部に送るため、
自宅近くの二宮駅へ行った後、国道一号線の横断歩道で、
超過搭載の小型トラックにはねられて頭蓋底骨骨折。
20時間後の翌20日午前10時20分、大磯病院で亡くなる。
享年34。
盟友田久保英夫が
〈海岸は庭つづきで、横手の小路から降りることができる〉と書いた
湘南の海の望める二宮の家での新婚生活は、
わずか9か月間であった。
昭和40年2月22日、山本健吉を葬儀委員長として二宮の自宅で葬儀。
4月9日、この寺に埋葬された。





関連記事
スポンサーサイト






もくじ  3kaku_s_L.png 公演情報
もくじ  3kaku_s_L.png YouTube
もくじ  3kaku_s_L.png Facebook
もくじ  3kaku_s_L.png note
もくじ  3kaku_s_L.png 語り草
もくじ  3kaku_s_L.png 取材・旅など
もくじ  3kaku_s_L.png etc.

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【Facebook動画 『田端文士村』篇-桜桃忌 】へ
  • 【Facebook動画 【さんくすへるん】】へ